隅田川を臨む小さな庭園にある松尾芭蕉のブロンズが、午後5時になると突然動きだす。台座に内蔵されたタイマーが作動し、軸が回って隅田川の河口方面に90度向きを変える。あまり知られていない話だったが、地下鉄大江戸線の開業効果もあり、訪れる人が最近増えている。風雅を求め、旅を生涯の友とした芭蕉。林立する高層ビル群に何を思っているのだろうか。
像は95年春、江東区常盤1丁目の「芭蕉庵史跡展望庭園」に区が建造した。昼間は庭園内を向いて、隅田川の河口や近くの橋から見れば横を向いている形だ。
午後5時になると動き出す。「ガガッ、ガガッ」と金属音を鳴らしながら30ほど。ゆっくり回り続け、最後は同区清澄1丁目と中央区日本橋中洲に架かる清洲橋や隅田川の河口に向く。夜はライトアップされ、屋形船からでも見えるようにしてある。
同園は午後4時半で閉まってしまうが、像は隅田川沿いの散策路からも楽しめる。腕時計を見ながら、「その瞬間」を見守ったり、対岸のマンションから双眼鏡でのぞいたりする人もいる。
渋谷区にある彫刻設計会社「アートファクトリー玄」が3カ月ほどかけて造った。江戸時代の芭蕉の肖像画をもとに粘土で原型を造った。顔の表情や着物のひだなど立体的に表すのに苦労したという。「年に1度、点検と清掃に行きます。今年もそろそろです」と同社の担当者。
庭園近くには81年4月にオープンした芭蕉記念館もある。開館以降、入館者が減っていたが、「奥の細道」の旅立ちから300年の89年が来場者が最も多く、3万8000人だった。
昨年11月から3月末までは改装工事のため、閉館。4月から再オープンしたところ、昨年同期の倍以上の入館者という。「大江戸線が開業し、都心や東京の西部地域からも気軽に来られるようになった」と記念館次長の横浜文拳さん。リュックを背にした中高年の姿が多いという。
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